勝利宣言
2004年1月10日はろー調子どう?あ、新年明けましておめでとうございますだよね。
オーストラリアでのクリスマス&年越しはどうだった?私はぼちぼち。
アメリカのばかばかしいほどの盛大なクリスマスイベントに揉まれ、
新年はボストンの打ち上げ花火のもとで迎えました。
日本のお正月恋しくなかった?私めちゃめちゃ恋しかったよー。
新年会とか忘年会とかしたいなーって思ったし、普通におせち食べたーいとか、紅白見た
ーいとか、みかん食べたーいとかそんなレベルのことがかなり身に応えたね〜。
今年は1月1日が木曜だったおかげで学校は4日からでラッキーだったけど、
それがもし2日から学校とかだったらまじでへこんでた気がする・・・。
私は12日間のオフだったんだけど、わりと忙しく過ごしました。
1番良かったのはメーン(Maine)に行ったことかな。
ボストンの花火も良かったけど、まぁこれは記念に、って感じ。
そう、報告。
学校の方ね、ようやく、何とか治まったよ。
心の中では「勝利宣言」と銘打ってるんだけど、まさにそう。
今週に突然修羅場がやってきてね。
でももう私はひとりじゃないっていう自信もあったし、
自分の正当性も、相手の的外れもいいとこの主張も、
周りの目にもはっきりしてたんだけど、
まさかまたこいつ日本帰国をちらつかす気か?って言うね、そんな危険を感じて
一回だけ友達に「もし私が緊急帰国したら温かく迎えてね」っていうメールを
送った。まじで。
だって今回マジで切れられたんだよ。電話口で思いっきり。「何で言われたことができないんだ?!何回言えば分かるんだ?!」って。
私もさすがにむかついて、はっきり的がずれてることを指摘したんだけど、
相手は絶対それを認めなくて、その2日後に緊急会議。
結果全部が私にとって追い風で、相手もそれを見て初めて私に謝罪と相成りました。「誤解だった」って。まぁある意味その人自身が「全部誤解」みたいな人なんだけどさ(苦笑)
この数ヶ月にできるだけ沢山の人と会話をして、ひとりでも多くの人とつながろうって
努力してきて良かったと思ったよ。
ホント、アメリカ生活およそ9ヶ月になろうという所で
ずっとそこにあった負担が取り払われた、そんな感じ・・・。
あとは自分次第。
もう誰のせいにもすることなく自分自身と向き合っていこうと思います。
これが1番難しいのよね・・・。
それでも今はこの境地に立てたことが本当に嬉しい。
だって、散々屈辱的な思いをしたり、勝手なこと言われたり、
助けが欲しい時に誰を頼っていいのか分からなかったり、
かっこいい言葉使えばやっぱり「闇」の中みたいな時あったから。
何でだろう、どうしたらいいんだろう。って考えても考えても
何にもうまくいかなくて、でも「全部」が絶望じゃないからいいか、なんて
騙し騙しで自分慰めて、でも気付けば全然前に進んでないじゃんって、
認めざるを得なかったりさ。
今思えば避けられない現実だったかもしれないけど、
そこで「もう無意味だ」って諦めることをしないで良かった。
特にアメリカ人は「自分が嫌だったら嫌って言いなさい」とか「そんな状況で働く価値どころか筋合いない」とか、一概には言えないけど、
そんな言葉や態度がまかり通りすぎてるために“買ってでもするべき”苦労を放棄してる人が多い。大人はもちろん子供もそんな親にスポイルされて我慢することができない。
でもやっぱりそんなんじゃまともな人間になれないと思った。
私が学校で親しくしている人たちは、
親切に溢れててそれを100%実行に移せる行動力がある。
逆に近づきたくないのはいつも華やかな場所に行きたがるのにそのための手段を踏まない人。地道な努力とか計画性がないから大きなことは何でも言えるけど、細かいことは誰か他の人がやると思ってる。お願いだからそういう人は私に近づかないで欲しい。
とにかく色々脅威に晒されつつも生き延びたおかげで、
やっと苦労が実を結んだ。
超長くなったけど、あなたも上り調子で頑張っているといいなと思っています。
それじゃまたね。
オーストラリアでのクリスマス&年越しはどうだった?私はぼちぼち。
アメリカのばかばかしいほどの盛大なクリスマスイベントに揉まれ、
新年はボストンの打ち上げ花火のもとで迎えました。
日本のお正月恋しくなかった?私めちゃめちゃ恋しかったよー。
新年会とか忘年会とかしたいなーって思ったし、普通におせち食べたーいとか、紅白見た
ーいとか、みかん食べたーいとかそんなレベルのことがかなり身に応えたね〜。
今年は1月1日が木曜だったおかげで学校は4日からでラッキーだったけど、
それがもし2日から学校とかだったらまじでへこんでた気がする・・・。
私は12日間のオフだったんだけど、わりと忙しく過ごしました。
1番良かったのはメーン(Maine)に行ったことかな。
ボストンの花火も良かったけど、まぁこれは記念に、って感じ。
そう、報告。
学校の方ね、ようやく、何とか治まったよ。
心の中では「勝利宣言」と銘打ってるんだけど、まさにそう。
今週に突然修羅場がやってきてね。
でももう私はひとりじゃないっていう自信もあったし、
自分の正当性も、相手の的外れもいいとこの主張も、
周りの目にもはっきりしてたんだけど、
まさかまたこいつ日本帰国をちらつかす気か?って言うね、そんな危険を感じて
一回だけ友達に「もし私が緊急帰国したら温かく迎えてね」っていうメールを
送った。まじで。
だって今回マジで切れられたんだよ。電話口で思いっきり。「何で言われたことができないんだ?!何回言えば分かるんだ?!」って。
私もさすがにむかついて、はっきり的がずれてることを指摘したんだけど、
相手は絶対それを認めなくて、その2日後に緊急会議。
結果全部が私にとって追い風で、相手もそれを見て初めて私に謝罪と相成りました。「誤解だった」って。まぁある意味その人自身が「全部誤解」みたいな人なんだけどさ(苦笑)
この数ヶ月にできるだけ沢山の人と会話をして、ひとりでも多くの人とつながろうって
努力してきて良かったと思ったよ。
ホント、アメリカ生活およそ9ヶ月になろうという所で
ずっとそこにあった負担が取り払われた、そんな感じ・・・。
あとは自分次第。
もう誰のせいにもすることなく自分自身と向き合っていこうと思います。
これが1番難しいのよね・・・。
それでも今はこの境地に立てたことが本当に嬉しい。
だって、散々屈辱的な思いをしたり、勝手なこと言われたり、
助けが欲しい時に誰を頼っていいのか分からなかったり、
かっこいい言葉使えばやっぱり「闇」の中みたいな時あったから。
何でだろう、どうしたらいいんだろう。って考えても考えても
何にもうまくいかなくて、でも「全部」が絶望じゃないからいいか、なんて
騙し騙しで自分慰めて、でも気付けば全然前に進んでないじゃんって、
認めざるを得なかったりさ。
今思えば避けられない現実だったかもしれないけど、
そこで「もう無意味だ」って諦めることをしないで良かった。
特にアメリカ人は「自分が嫌だったら嫌って言いなさい」とか「そんな状況で働く価値どころか筋合いない」とか、一概には言えないけど、
そんな言葉や態度がまかり通りすぎてるために“買ってでもするべき”苦労を放棄してる人が多い。大人はもちろん子供もそんな親にスポイルされて我慢することができない。
でもやっぱりそんなんじゃまともな人間になれないと思った。
私が学校で親しくしている人たちは、
親切に溢れててそれを100%実行に移せる行動力がある。
逆に近づきたくないのはいつも華やかな場所に行きたがるのにそのための手段を踏まない人。地道な努力とか計画性がないから大きなことは何でも言えるけど、細かいことは誰か他の人がやると思ってる。お願いだからそういう人は私に近づかないで欲しい。
とにかく色々脅威に晒されつつも生き延びたおかげで、
やっと苦労が実を結んだ。
超長くなったけど、あなたも上り調子で頑張っているといいなと思っています。
それじゃまたね。
コメント