ジュッコウ
2004年5月27日日本での新生活を始めるにあたって、
まず取り掛かるべきこと、
それは何と言っても職探し。
色々考えた結果、塾の講師でいくことにした。
先にある自分の方向性を考えて、長くは働けないので
アルバイトという形でやってみる。
最後に“塾講"のバイトをやったのは
大学1年のまだ19歳だった時。
個別指導で中3の男の子3人グループと、
高校3年生の女の子ひとりをマンツーで。
塾長に禁止されていながらも
生徒達にせがまれてその時の年齢を明かしたにも関わらず、
高校生の親御さんがわざわざお中元を塾まで丁寧に持って来られた時は、恐縮しても仕切れなかったのを覚えてる。
余りにもいい加減な塾の方針に
本当にそこに身を置き続けていいのか考えた結果
あまり長くは続かなかったけれど、
わりと楽しんだ記憶がある。
さて、お金をけちって店頭で求人広告雑誌を開いて
財布の中のレシートの裏に電話番号を殴り書きにした、
水道橋にある某塾で明日面接。
とりあえずヤッテミヨー。
まず取り掛かるべきこと、
それは何と言っても職探し。
色々考えた結果、塾の講師でいくことにした。
先にある自分の方向性を考えて、長くは働けないので
アルバイトという形でやってみる。
最後に“塾講"のバイトをやったのは
大学1年のまだ19歳だった時。
個別指導で中3の男の子3人グループと、
高校3年生の女の子ひとりをマンツーで。
塾長に禁止されていながらも
生徒達にせがまれてその時の年齢を明かしたにも関わらず、
高校生の親御さんがわざわざお中元を塾まで丁寧に持って来られた時は、恐縮しても仕切れなかったのを覚えてる。
余りにもいい加減な塾の方針に
本当にそこに身を置き続けていいのか考えた結果
あまり長くは続かなかったけれど、
わりと楽しんだ記憶がある。
さて、お金をけちって店頭で求人広告雑誌を開いて
財布の中のレシートの裏に電話番号を殴り書きにした、
水道橋にある某塾で明日面接。
とりあえずヤッテミヨー。
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